2011年7月8日金曜日

Day 9 - なるほど・ザ・チュニジア ~ チュニス (チュニジア)

朝5時半頃、船窓から日の出の気配を感じて目覚める。周りを見渡すと他の人はまだ眠っているようだ。今回は船室ではなくシートのチケットで乗船しているので、大部屋の中に飛行機のようなリクライニングシートが並んでいる。といっても座席の大きさや間隔には相当余裕がありビジネスクラス並でけっこう快適だ。他の乗客は自分の寝床を確保するのにかなりクリエイティブな方法を駆使している。床にラグを敷いてスペースを作っている人、座席のクッション部分をいくつか取り外して来ては並べてベッドのようにしている人、スーツケースを置くための棚の上にマットを敷いて二段ベッドもどき完備の城を築いている人。確かにここまでできれば船室のベッドにバカ高い料金を払うのもアホらしくなるってもんだ。

地中海から昇る日の出を拝んだあともうひと寝入りして、ふたたび起きると辺りはすっかり明るくなっていた。予定では9時にチュニス港に到着するはずなのだが、出航が2時間ほど遅れているので、おそらく定刻には着かないだろう。昼近くになってしまうかもしれない。

もともと今回の旅でチュニスに立ち寄ろうと思ったのは、学部時代のゼミテンがいるため。ちなみにゼミテンとはゼミナリステンの略で同じゼミの同期のこと。これどうやら自分が出た大学だけで通じる学内用語らしい。半月ほど前、卒業式の前後あたりにそのゼミテンとFacebook経由でやり取りをして今回の旅のことを話題に出したときに、チュニスにも是非にということになって飛びついた。

もともとチュニジアについてはあまりよく知らなかった。自分の中でのイメージは2つ。1つは「ベルベル人のつくった国」。高校の世界史の授業で出てきたときになんとなく語感の面白さだけで記憶に残っている。もう1つは自分が小学校3, 4年生の頃の記憶までさかのぼる。当時テレビで愛川キンキンが司会をしていた「なるほど・ザ・ワールド」というクイズ番組があって、毎週見ていた。その中であるきチュニジアが特集された週があった。この回はある意味で自分に強烈な記憶を残した。問題のひとつで、伝統衣装に着飾った10歳くらいの少年を座に据えてお祭りのような儀式が行われている映像が流れた。「この子供たちはこれからいったい何をするのでしょうか?」というのが問題。実は正解は「割礼」。答えのVTRで件の少年たちが一転して泣き喚いている映像が流れ、血まみれになった手とか体も生々しく映された。そのイメージがあまりにも鮮烈だったのと、当時「割礼」というものの概念をよく分かっていなかった自分は、「本体」をちょん切られてしまうものだと勘違いをして、チュニジアとはとんでもなく恐ろしい国だとトラウマのような思いを抱いたのだった。

そんなトラウマを思い出しつつ、水平線の向こうに見えてきた国、チュニジア。けっきょく到着は2時間半ほど遅れて11時半。件のゼミテンが港まで迎えに来てくれることになってたのだが、この時間ではもう仕事に行ってしまっているだろう。船をおり、入国審査と税関を通ってターミナル・ビルへ。ATMとタクシー乗り場を探す。ターミナル内にATMは無いようだ。あるのは両替商のみ。客引きのタクシー運ちゃんが寄ってきたので、この近くに銀行はあるか聞く。「この近くには無いよ! どこ行くの? 市内に行かないとダメ!!タクシーいる? タクシー!」、ものすごい押しっぷりだ。こういうプッシュの強い客引きはたいていろくでもないので、タクシーは要らないと答えて両替商の列に並ぶ。なおも運ちゃんは「どこ行くの? 教えてよ。チュニス? ビーチ?」としつこいが、無視。

手持ちのユーロを替えてチュニジア・ディナールを手にし、ターミナルの外に出る。ちょうどターミナルへの到着客が乗ってきたタクシーがいたので、それを捕まえてホテルへ。ホテルはゼミテンが取ってくれていて、チュニス市内ではなく海沿いのガマルタというところにあるらしい。ホテルの住所を運ちゃんに見せると、「これはガマルタじゃないよ。ラマルサ(La Marsa)だよ」と言ってくる。そうなのか、”La Marsa”と書いてチュニジア語の発音では「ガマルタ」と読むのかと思っていた。まあ住所に書いているところが正しかろうと言うことで、ラマルサに車を走らせてもらう。車窓から見える景色は、ヨーロッパのものとはまったく違う。チュニジアなんてほとんどヨーロッパみたいなもんじゃないのかと思っていたが、いくらヨーロッパに近くてもやっぱりここはアフリカだし中東なのだ。

ラマルサの中心街に着くが、ホテルの場所が分からない。運ちゃんが道行く人にいろいろ聞きまくっている。迷うこと15分ほど、やっとホテルの場所が判明。ラマルサの市内ではあるものの街中ではなく、ガマルタに程近い海岸沿いなのだとか。だからホテル名もガマルタを名乗っているのか。千葉にあるのに東京ディズニーランドみたいなものだ。町を離れ、海沿いを車が走る。ヨーロッパ人に人気のリゾート地でもあるだけあって、やっぱり海沿いの景色は絶景。無事ホテルにチェックイン。けっこう立派なリゾートホテルだ。でかいプールもある。普段安宿泊まりが多い自分はちょっとテンションあがる。

船の遅れもあって、ホテルに落ち着いたらもう夕方になっていたが、せっかくなので観光に行こう。さきほど港から通ってきた道を途中まで戻ったところに、有名なカルタゴの遺跡群があるらしい。さっきのラマルサの町まで戻ればそこから電車がカルタゴまで通っているそうなので、ホテルにタクシーを呼んでもらい、ラマルサの駅に行ってくれと頼む。電車でどこへ行くんだと運ちゃんが尋ねるので、カルタゴの遺跡を見に行くんだと答えると、カルタゴには遺跡がいっぱいあって駅から離れているところも多く、徒歩では回りきれないと言う。なるほど、そうなの? 「オレが全部ひっくるめて案内してやるよ。3時間で回れるだけ回って60ディナールでどうだ?」。来ると思った。約3600円か。こっちの物価を考えたらちょっと高いんじゃないの? 運ちゃんと交渉を試みるが、相場が分かっていないのでどうもやりにくい。運ちゃんは頑として譲らない。そのうちめんどくさくなって、50ディナールになったところでOKしてしまった。ホテルいわく10分ほどの距離でタクシー運賃が3~4ディナールだというから、拘束時間も考えればまあこんなものなのかもしれない。

運ちゃんの案内で、カルタゴ博物館、アントニヌスの浴場遺跡、古代港跡、ローマ風劇場跡などいろいろ回る。やはり地中海沿岸でヨーロッパの影響やら支配やらを受けてきただけあって、遺跡や彫像にはローマやギリシアの影響が濃いように思った。回った中で気に入ったのはアントニヌスの浴場。海に面したロケーションで景色もよく、遺跡自体も立派で大興奮。この浴場、現役時代には今のラクーア並みの設備があったのだとか。海辺で談笑しながら風呂につかる、贅沢ですなぁ。


ホテルに戻った後、プールで泳いだり部屋でメールチェックなどしていると、仕事を終えたゼミテンがホテルまで来てくれた。けっこうぶりの再会。まずは晩飯を喰うべしということで、海沿いのシディブ・サイドの町へ。シディブ・サイドには白い壁に青いドアの建物が並ぶ、本当に美しい町だった。しばらく町を歩いた後、ゼミテンおすすめのレストランへ。


レストランに入り席についてしばらくすると、恰幅の良い老紳士がお連れを率いて入ってきた。自分たちと話していたウェイターが急にそちらに向き最敬礼で迎える。あとで聞くと老紳士はチュニジアの文化相らしい。けっこうな人も来る店のようだ。頼んだのはチュニジア風キッシュのタジン、揚げパイのブリック、米より小さいパスタのクスクス。うまい。すっきりした味のチュニジア・ワインが進む。

チュニスで働いているゼミテンと久しぶりに話し込む。同期が世界に出て活躍しているっていうのは単純に嬉しいし、話をしていてもとても刺激になる。自分も日本に戻ったら頑張らねば。

夜も12時を回り、シディブ・サイドの素朴ながら美しい町を楽しみつつ、ホテルに戻る。


<本日の1枚: アントニヌス浴場>

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