深い眠りから目覚めると6時を過ぎていた。ブカレスト到着時刻は6時半、おっと急いで支度をしなければ。ところが、何か変だ。下車駅近くになると車掌が切符を返しに来るのだが、そういう気配は無い。あれ、そもそもルーマニアへのパスポートコントロールをまだ通ってないんじゃないか? 予定では夜中の1時くらいに国境を通過するはずだ。寝ぼけて覚えていないのかな? ブカレストへの到着時刻を過ぎて、他の乗客も事態を察知したらしく、「この列車、もしかして遅れてる? それともブルガリアとルーマニアで時差ってあったっけ?」と聞いてくる。「時差は無いよ。遅れているみたいだね。ところでルーマニアへの国境でパスポートコントロールってあった?」と返して聞くと、「ブルガリアとルーマニアはEUに入ってるから、パスポートコントロールは無いよ」と言う。いや、それは違う。確かにブルガリアとルーマニアはEUに加入しているが、出入国審査の手続きを撤廃するシェンゲン協定には未調印だ。ヨーロッパの人でも、EUとシェンゲン協定をごっちゃに理解している人が結構多い。
そのうち、昨日リラの僧院へのバスでも一緒だった香港人が車掌に話を聞いてきた。いわく「この列車5時間以上遅れてるらしいぞ」。なんと、まだブルガリアから出ていなかったとは。確かにたまに通過する駅の表示がキリル文字だ。ルーマニアはラテン・アルファベットを使っているので、ここはまだルーマニアではない。その後、駅の名前と時刻表を照らし合わせて、どこでどう間違ったかこの列車は7時間ほど遅れていることが判明した。7時頃小さな駅に停車していると、ノーテンキなイギリス人らしき若者が「ここってブカレストぉ?」と聞いてきた。いや違う、どうも7時間ほど遅れてるらしいと答えると、若者は絶句して「マジでぇ、こりゃもっかいベッドで寝たほうがいいな」。うん、それが賢明だ。
しかし二度寝をする猶予もなく、しばらくして列車はブカレストとルーマニアの国境に着いた。ここでやっぱりパスポートコントロールを受ける。ブルガリアの出国審査、国境を越えてルーマニア側に移動、ルーマニアの入国審査と、なんだかんだで1時間以上かかる。そんなこんなで結局ブカレストには7時間半遅れの午後2時に到着。今夜も夜行でセルビアのベオグラードに移動だ。数時間だけでもブカレスト観光の時間が取れてよかった。
さすが元共産独裁国家。街のメインストリートには、無骨でやたらでかい共産主義的なアパートが立ち並んでいる。思想というのは、街並みや雰囲気まで変えてしまうのだ。
時間も無いので、行きたいところを絞って、「国民の館」に行く。チャウシェスクが我欲を満たさんがために贅の限りを尽くして建てられた宮殿。ガイドブックに乗っている小さな地図を頼りに歩いて行ったためちょっと道に迷い、着いたのは3時半過ぎ。窓口で聞くと、ちょうど今日最後のツアーが10分後に出るという。ラッキー。この国民の館、館内を回るには決められたコースを回るツアーに参加するしかない。入り口のところに、「意図的にツアーを離れた者は政府機関に対するスパイ行為とみなす」とものものしく書かれている。
時間になりツアー開始。まず入り口で手荷物の検査を受ける。何が入っていたのか知らないが、3人のイギリス人らしき集団の荷物の検査に15分ほど時間をとられる。他のツアー参加者はヨーロッパ人を中心に15人ほど。ガイドはアンナと名乗った。ガイドさんの案内で、馬鹿でかい、いかにも共産国家の宮殿らしい建物内を回る。部屋夜会を移動する度に、ガイドのアンナさんははぐれている人がいないかチェックする。どこと無く緊張した顔つきだ。しかもアンナさん、この建物のことを「国民の館」とは決して呼ばず、頑なに「国会議事堂」と呼ぶ。チャウシェスクにもまったく触れない。かつての独裁者は未だ今を生きる人を縛っているのか?
一行が大きな広間に来たとき、やっとチャウシェスクの話題が出た。この大広間、チャウシェスクのお気に入りだったのだとか。理由は、窓が無い閉鎖空間で人が拍手をすると音が響いて大喝采に聞こえるから…。とここでアンナさんからクイズ。天井に空けられた小さな穴、いったい何のためのものでしょうか? 何だろう、のぞき穴だろうか? 正解は以外にシンプル、空気穴。空調ダクトに毒ガスを入れられることを極度に恐れたチャウシェスクは、館内に一切の空調設備を作らせず、空気は外から直接空気穴を通って取り入れたのだとか。もちろん、今は館内も空調がされている。
館内の大会議場を通って、バルコニーへ。実際にはチャウシェスクはこのバルコニーに立つことなく処刑されてしまったらしいが、広場に面したテラスに立つと、なんとなく独裁者な気分が味わえる。
1時間半ほどのツアーも終盤に差し掛かり、アンナさんが挨拶。「皆さんがこの建物のツアーを楽しまれたら光栄です。といっても見たのは全体の3%ほどですが」。そのまま入り口に戻ってくださいねー、と言われつつ、オランダ人2人組から写真を頼まれて撮っていたりしたら、一行とはぐれてしまった。他に、最初から単独行動の多いイギリス人3人組も一緒。6人で「出口はどこだ?」と探し回るが、階段やらエレベータやら通路やらが入り組んでいてどこを通ればいいのかわからない。「よっしゃー! じゃあ残りの97%を見に行くとするか!?」と話していたりすると、向こうからアンナさんが血相を変えてすっ飛んできた。やっぱりこの館には「見られちゃいけない何か」があるな….。
国民の館を後にして旧共産党本部の建物や革命広場などを回る。駅に戻る途中、ちょっとしたレストラン街に出た。まだ作られて新しい区画のようだ。共産主義的な街並みとは一転して、陽気な西欧のような雰囲気。そう、もともとルーマニア人はラテン系の人々なのだ。共産独裁者の呪縛から放たれて20年ちょっと、この国はゆっくりとその本来の姿を取り戻そうとしているように見えた。
駅に着くとベオグラード行きの列車が既に入線していた。切符が安かったこともあり、今回は奮発して1等車の個室寝台。どの車両に乗ればいいのかとホームを歩くが、列車がものすごく長い上に車掌の言っていることも良くわからず、迷う。そうこうしているうちに、なんと列車が動き出した! おいおい、明らかにこれから乗る乗客がいるのにそれは無いだろ、と思いつつ、開けっ放しのままの扉に走り飛び乗る。スーツケースを必死で引き上げ、何とか乗車に成功。こういうシーンは漫画でよく見るが、まさか自分が実際に体験すると思わなかった。
車内は薄暗く小汚いコンパートメントが並ぶ。車両を移動してみたがどれも同じで、一両だけつながれた寝台車両への扉は鍵がかかっていた。仕方なく、ハエが飛び回る汚いコンパートメントをひとつ占領することにする。1時間ほどして検札の車掌が来て、事情を説明すると寝台車両への扉の鍵を開けてくれた。よかった、朝まであのコンパートメントだったらどうしようかと思った。寝台車両を担当する車掌は英語もしゃべる。「おいマイフレンド。あんたのこと探してたんだよ。次はもう車両間違えんなよ」と言われる。間違えたつもりは無いのだが、まあ二度としたくないのは同意。個室の寝台はよっぽど清潔で快適だった。朝になれば、いよいよ旧ユーゴに突入。
<本日の1枚: 「国民の館」バルコニーから演説>
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