2011年7月22日金曜日

Day 23 - ベオグラードに見た「三丁目の夕日」 ~ ベオグラード (セルビア)

列車は、1時間ほど遅れて9時頃にセルビアのベオグラードに着いた。例によって荷物を引きずり、ホテルへ。幸運にももう部屋が準備できているという。早速チェックインし、夜行続きで溜まった垢をシャワーで洗い流す。気持ちいい。そのまま洗面所で衣服の洗濯をして、自分はちょっとだけ昼寝。

昼過ぎになって街歩き。ベオグラードはコソヴォ紛争の傷跡としてはNATOの空爆により破壊されたビルが数軒残るくらいで、あとは綺麗な街並みに戻っている。途中、日の丸色にペイントされた牛に「日本への期待」とかかれた像を発見。おそらく震災復興を願って”Hope for Japan”と言いたいところを直訳したのだろう。自らも戦災を負っていながら、はるか遠く日本のことを心配してくれる気持ちに、なんとも胸が熱くなる。


繁華街を通り越し、カレメグダン公園へ。近くのレストランで食事を摂る。ニンニクのクリームスープにパプリカと豚肉のトマト煮込み。イスタンブールで食べたものと似ているが豚肉の濃厚な味がする。ビールが進みついつい3杯目。

食事を終えてくつろいでいると、給仕をしてくれたウェイターがテーブルにやってきた。「あんたアメリカ人か?」と聞かれ、いや見てのとおり日本人だと答えると、彼は心持安心したような顔つきになってこう言った。「アメリカ人はひでえやつらだよ。1999年の空爆の時には沢山の人がやつらに殺されたよ」

そう、街並みは綺麗になり人は陽気な雰囲気を醸し出していても、この人たちは本物の戦争を知っている。普段、中国やロシアの領土侵略や北朝鮮などの非人道国家に対して「一発やっちまえ」と勇ましいことを言ってみる自分がいる一方、いざ自分が戦争の当事者になったときに銃を取って戦う、あるいは砲弾をかいくぐりながら守るべき人の盾になることができるだろうか? 旧ユーゴスラビアは、1日目から現実の戦争というものを平和ボケした頭に突きつけてくる。

レストランを後にし、カレメグダン公園の砦に上りドナウ河を眺める。はるか北のウィーンやブダペストから流れてくる河。それぞれの国の状況は異なっても、ヨーロッパがひとつであることを感じさせる。


トラムに乗り、セルビア正教最大の寺院、サヴァ教会へ。ソフィアのアレクサンドル・ネフスキー大聖堂と同じく、正教会では世界最大規模と銘打っている。どちらがより大きいか較べてみたかったが、見ただけでは良くわからなかった。


ホテルまで帰る途中、NATOの空爆跡のビルを見る。近くにはセルビア軍兵士が歩哨に立っている。象徴的な建物だけに、テロの格好の標的になるのだろう。そのまま歩いて戻り、ホテル併設のスパに入って疲れを取ったあと、しばし寝る。


夜も9時を回った頃目が覚める。せっかくだしセルビア料理でも食べに行こう。15分ほど歩いて、レストランの立ち並ぶ通りまで出てきた。驚いた。まるでラテン系の西欧のような光景。屋外にテーブルが並ぶおしゃれなレストランで人々が談笑しながら食事を摂っている。それを取り囲むようにマリアッチのような楽団が音楽を奏で、陽気に歌を歌っている。戦争からわずか10年ちょっとで、人はここまで明るくなれるものなのか。思えば日本の昭和30~40年代の雰囲気もこれと似たような、ある種の明るさと楽天性があったのかもしれない。人間の強さにちょっとした感動を覚えつつ、チーズとハムを豚肉で巻いて揚げたセルビア風カツレツを堪能し、帰路につく。


<本日の1枚: 1999年のNATO軍空爆跡>

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