朝8:15の列車でベオグラードからサラエヴォへ移動。切符は前日に駅の窓口で購入してある。2等車の6人がけコンパートメント。コンパートメントに席を取るときはいつも荷物の置き場に苦労する。ぎっくり腰になりそうになりながら、同室の人の手を借りて荷物棚に持ち上げる。ひと苦労だ。車両は少々ぼろい。乗客は案外多く、コンパートメントはほぼ満室となった。同室になったのはドイツ人、イギリス人、イスラエル人。それぞれ旅行者。菓子など分け合う。
ベオグラードからサラエヴォへの列車は、セルビアを出国したあと一旦クロアチアに入国する。そしてしばらくクロアチア国内を走ったあとボスニア・ヘルツェゴビナに入国となる。それぞれの国境の手前で出国審査、国境を越えた最初の駅で入国審査があるので、都合4回パスポート・コントロールがある。クロアチアはただ通過するだけなのに入国も出国もスタンプを押された。これではちょくちょくこのルートで移動する人はパスポートがスタンプで一杯になってしまうんじゃないかと思ったが、旧ユーゴ圏の住民はパスポート不要でIDカードを見せるだけで国境越えができるようだ。
列車は1時間ちょっとほど遅れ、12時間かけて雨の降るサラエヴォに到着。到着直前に、車窓から銃痕で穴だらけのビルがいくつも見える。サラエヴォ中央駅はかつてバルカン半島で一番美しい駅といわれたらしいが、今はその面影も無い。ぼろぼろのプラットホームとやたら大きいが中ががらんどうの駅舎。駅の隣にはバスターミナルもあるが、スリなどが多く治安はあまりよろしくないようだ。昨日予約したホテルはサラエヴォの旧市街に近く、駅からは推定1 kmほど。多少雨が降っていたものの、1 kmなら10分少々で着くだろうと荷物を引きずって歩く。ところが行けども行けどもそれらしき街並みが見えてこない。地図の縮尺を見誤ったか。そのうち雨足も強くなってきた。けっきょくずぶ濡れになりながら30分ほど歩いて、ようやくホテルに到着。2 km以上道のりがあったらしい。
シャワーを浴び一休みしているうちに、あたりはもう暗くなっていた。相変わらず雨も降り続いている。今日はもう寝てしまおうかと思ったが、夜10時頃小雨になった隙を突いて旧市街に食事に出かける。サラエヴォの夜は早いようでほとんどのレストンランは閉まっていたが、ようやく一軒のイタリアンレストランを発見。朝から何も食べていなかったのでえらく腹が空いている。ラザニアとひき肉のピザを注文。もちろん地元産のビールも忘れない。出てきた料理はなかなかどうして、とても旨かった。ひょっとしたらナポリで食べたものより旨いかもしれない。
食後、夜の旧市街を歩いて回る。なんだろうか、この懐かしい雰囲気。石畳の道の両脇に木造に瓦屋根の家屋や店が並んでいる。なんというか、京都や木曽路の古い町並みを見ているような、オリエンタルな空気がある。サラエヴォの町は1992年から3年間続いたサラエヴォ包囲戦でほぼ破壊しつくされた。だから今見ている街並みはもちろん戦後に再建されたもの。それでも東洋の古都を思わせる街並みに、どことなく安らいだ気分になった。帰りは第一次世界大戦の引き金になったオーストリア皇太子暗殺事件の現場ラテン橋を見つつ、サラエヴォ包囲戦の前線だったミリャッカ川に沿って歩き、ホテルに戻る。
<本日の1枚: サラエヴォへの列車コンパートメントにて>
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