2011年7月3日日曜日

Day 4 - 太陽の街でショッピング (ただしみやげ物にあらず) ~ マドリッド (スペイン)

マドリッドへ向かう夜行列車の中。1室の中に4つベッドがあるコンパートメント。同室になったのは韓国人の若い旅行者と中国人のおっちゃん、それと国籍不明でスラブ系の顔立ちをしたあやしいおっさん。夜も更けているので、挨拶もそこそこにめいめいの世界にこもる。

ベッドに横になりながら、荷物を紛失したリスボンのホテルの支配人あてに今後の対処についてメールを書く。感情的にならないで冷静さを保ちつつも、こっちの怒りが静かに伝わるような文面。こちらからの要求事項は3つ。

1. 7月4日までに荷物が発見されて滞在先のホテルに届けられない場合、紛失したスーツケースおよびその中身と同等の物品を新たに購入する。その費用はドルや円からのユーロ換金手数料も含めてすべてホテル側が補償すること
2. 荷物の発見有無にかかわらず、当座数日間を過ごすために必要な物品の費用補償についてもホテルが補償すること
3. 既にポルトガルを出てしまった自分に代わり、ホテル側の責任において紛失物品についてのポリス・レポートを取得し東京の自分の住所に送付すること

これらの要求がすべて通るとも思わないが、まずは交渉の口火として投げておく。別途、自分の旅程表とともに、記憶を頼りにスーツケースに入っていた物品とその購入価格のリストを作成して添付。一つ一つ挙げていって合計すると、その額実に36万円。もちろんすべてが新品ではないので、実際の価値はこれより低いのだけれど、最初のジャブとしてまずは提示。


マドリッドへは定刻9:03の5分ほど前に到着した。そのまま近郊線のセルカニアスに乗り換え、町の中心部ソル広場を目指す。ホテルはここから歩いて3分ほど。まだ部屋の準備ができていないというので、ロビーで待っている間に先ほどのメールを送信。さてどう出てくることやら。


荷物について、7月4日まで待つとは言ったが、実のところはもう出てくることはないと思っていた。貴重品としては、予備のクレジットカード1枚、日本とアメリカの免許証それぞれ、もう卒業してしまったが大学の学生証、あとはロシアなどで困った状況が起きたときにワイロとして渡そうと思っていた伝家の宝刀米ドル現金くらい。あとは衣類とカメラの充電器やらの電器小物類。マドリッドは買い物をする場所も充実しているし、この町である程度そろえてしまおうか。

マドリッドのホテルに教えてもらったショッピングセンターで新しいスーツケースを購入。リスボンのホテルに支払わせる気満々でいたので、Samsoniteのけっこういいやつを買った。次にSony製カメラの充電コード。町の電器量販店では、カメラに直接つないで充電するタイプのコードは置いていなく、バッテリーを取り出して充電するタイプしかないらしい。コードタイプは付属品扱いなので、Sonyの直販店に行けと教えられ行ってみるが、日曜なので開いていなかった。しかたなく先ほどの量販店に戻って充電器タイプを購入。最後に衣類、せっかくスペインなので、ということで大通り沿いにあったZARAに入り、当座必要なものをそろえた。

その他にも小物類をちょこちょこ買っているうちに、けっきょく夜になってしまった。このまま何の観光もしないのも悔しいので、せめてもということでフラメンコを見に行く。案内所で教えてもらったところに行くと、1ドリンク込で30数ユーロ。ちょっと高いがどこもこんなものらしい。客席に通されて、1時間半ほど鑑賞。フラメンコってカスタネット持った女の人が踊るイメージしかなかったけど、いろいろと出し物にバリエーションがあるのね。おっさんがひとりでギター弾きながら唄ったり、タップダンスっぽいものがあったり、西城ヒデキ系暑苦しいおにいちゃんがナルシス系踊りで客席のおばちゃん方をとりこにしたり。


フラメンコからの帰りは、夜の王宮を散歩して、ちかくのハム専門バーでイベリコ豚の生ハムを頂きつつワインで酔っ払う。

夜ホテルに戻ると、リスボンのホテルから電話があったと書置き。早速折り返してみると、なんと荷物が見つかったらしい! けっきょく東ティモールの団体客が持って行っていたのだとか。ホントに間違えて持っていったのかは怪しいが、とりあえず出てきたのなら良かった。明日バルセロナに移動して6日の朝まではそこに滞在すること。その後の予定は別途知らせる旨を伝える。ところで、見つかったのはいいが、どうせ出てこないと思って今日の昼間買ってしまったスーツケース、どうしようか...?

<本日の1枚: フラメンコ>

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