2011年7月31日日曜日
Day 32 - ハプスブルクの帝国 ~ ウィーン - ブダペスト (オーストリア・ハンガリー)
ウィーン2日目。オーストリア=ハンガリー帝国の首都であり、数々の芸術家が活躍した都なので、いろいろ見どころはある。でも「キレイな街並み」にちょっと食傷気味なところもあって、特段観光地っぽいところは巡らずに、昼過ぎまでぶらぶらと町を当てもなく歩き、名物スニッツェルを食す。うーん、美味しいよ、美味しいけれどもねぇ...日本のトンカツを久しく食べてないから期待値がずれてしまっているのか、やっぱりもう少し厚みがあって、芥子と醤油でもつけて食べるほうがいいなぁ。
夕方にまたレイルジェットに乗り、ハンガリーの首都ブダペストへ。100年ほど前までオーストリアと連邦の二重帝国を形成していたとはいえ、第二次大戦後はソ連の影響下にあった国、街並みや建物もどことなくイカツイというか、暗いというか、共産圏風か?
ブダペストの衣料品店の看板。
ブダペストの町の真ん中にはドナウ川が南北に流れていて、もともとは川の西側がブダ、東側がペストという町だったんだとか。それで合併してブダペスト。燕と三条で燕三条とか、国分寺と立川の間だから国立とか、武蔵の国と下総の国に跨るから両国とか、そういうネーミングセンスですかね。
ドナウ川にかかるセーチェーニ鎖橋。対岸に見えるのはブダ王宮。
<本日の1枚:夜の鎖橋と王宮の丘>
2011年7月30日土曜日
Day 31 - ゲルマン式駅前スーパー銭湯 ~ バートガシュタイン (オーストリア)
6月終わりから始めたユーラシア大陸横断の旅も日程的には折り返し地点。ここいらでひとつ体の疲れを落としましょう、ということで、ザルツブルクから近い温泉保養地、バート・ガシュタインへ。あらためて、オーストリアは他のヨーロッパからみんなバカンスに訪れるだけあって、車窓の景色もとっても絵になる。
バート・ガシュタインは鉄道駅の目の前にデデンと温泉施設が鎮座。中はスーパー銭湯のような感じで、温泉あり、プールあり、サウナあり。日本と違うのは、設備がゲルマン方式ってことで、男湯、女湯の区別がない。といっても、残念なことに客層は"元"美女と思しき方を含むおじいちゃん、おばあちゃんが中心。みんな仲良く、サウナにこもり、時々やってくるあんちゃん(なぜかスキンヘッド率高し)に「もっともっと」とロウリュサービスをリクエストして汗だくになっているのでした。
半日近くかけてたっぷりと温泉と休憩施設を堪能したあとは、いったんザルツブルクに戻り、オーストリア国鉄が最近デビューさせたレイルジェット(特急)でウィーンまで移動。スピードはたいして早くないけど、社内設備がきれいで快適。
ウィーンでの夕食は、とりあえず定番ってことでターフェルシュピッツ(牛肉の煮込み)。
<本日の1枚: 夜のウィーン>
バート・ガシュタインは鉄道駅の目の前にデデンと温泉施設が鎮座。中はスーパー銭湯のような感じで、温泉あり、プールあり、サウナあり。日本と違うのは、設備がゲルマン方式ってことで、男湯、女湯の区別がない。といっても、
半日近くかけてたっぷりと温泉と休憩施設を堪能したあとは、いったんザルツブルクに戻り、オーストリア国鉄が最近デビューさせたレイルジェット(特急)でウィーンまで移動。スピードはたいして早くないけど、社内設備がきれいで快適。
ウィーンでの夕食は、とりあえず定番ってことでターフェルシュピッツ(牛肉の煮込み)。
<本日の1枚: 夜のウィーン>
ラベル:
麗しの東欧編
場所:
オーストリア バートガスタイン
2011年7月29日金曜日
Day 30 - 天国への階段 ~ ハルシュタット (オーストリア)
ザルツブルクの街自体はさほど大きくなく、昨日1日で十分見て回れた感があったので、今日は列車で郊外へ。「世界の湖畔で一番美しい町」というハルシュタットまで。鈍行を乗り継ぎ2時間半ほど、途中温泉町のバート・イシュルの駅で結構待つ。
ハルシュタットの駅は湖を隔てて町の対岸にあるローカル駅。単線の線路に嵩上げされてない砂利のプラットフォームがあるだけの、卑怯駅っぽい雰囲気。
ここから船で町に向かう。
ハルシュタットの町は、小雨というか、霧の中に包まれている感じで、歩いているとしっとりと顔が濡れてくる。町は切り立った崖にへばりついて山と湖に挟まれ、歩いても15分くらいで回れる。
この町の景色は、上から見るのが素晴らしいということで、町はずれの乗り場からケーブルカーで山の中腹へ。下から見ると上のほうが霧に包まれていて見えない。天国への階段ぽいセッティング。
上から見ると盆地状の地形の底に湖がある。さっき霧だと思ったのは雲だったんですね。
オーストリアの西の地方は、ザルツブルク(salz + burg)というだけあって、岩塩の鉱山がたくさん。ここハルシュタットにも塩山があって、廃坑の中を見学できるようになっている。探検用の服に着替えたらガイドに連れられて坑道へ。
坑道の入り口には"eröffnet im Jahre 1719"(= Opened in the year of 1719)と書いてあるので、日本でいうと江戸時代の中期ごろの坑道ですな。中にはマダム・タッソー的な工夫人形(ちょっと不気味)があったり、高低差のある枝道を滑り台で移動したりと、ちょっとしたエンターテインメント風味。
最後はみんなで小さいトロッコに乗ってズルズルと外に出る。ちょっと霧が晴れて、こりゃ絶景。
雨の上がったハルシュタットの町を少しだけ散策して、列車でザルツブルクに戻り夕食。豚肉で何かを包み焼したもの(名前忘れた)とウィンナーコーヒー。日頃のすさんだ心洗われる、いいエクスカージョンでした。
<本日の1枚: 山から湖を臨む>
ハルシュタットの駅は湖を隔てて町の対岸にあるローカル駅。単線の線路に嵩上げされてない砂利のプラットフォームがあるだけの、卑怯駅っぽい雰囲気。
ここから船で町に向かう。
ハルシュタットの町は、小雨というか、霧の中に包まれている感じで、歩いているとしっとりと顔が濡れてくる。町は切り立った崖にへばりついて山と湖に挟まれ、歩いても15分くらいで回れる。
この町の景色は、上から見るのが素晴らしいということで、町はずれの乗り場からケーブルカーで山の中腹へ。下から見ると上のほうが霧に包まれていて見えない。天国への階段ぽいセッティング。
上から見ると盆地状の地形の底に湖がある。さっき霧だと思ったのは雲だったんですね。
オーストリアの西の地方は、ザルツブルク(salz + burg)というだけあって、岩塩の鉱山がたくさん。ここハルシュタットにも塩山があって、廃坑の中を見学できるようになっている。探検用の服に着替えたらガイドに連れられて坑道へ。
坑道の入り口には"eröffnet im Jahre 1719"(= Opened in the year of 1719)と書いてあるので、日本でいうと江戸時代の中期ごろの坑道ですな。中にはマダム・タッソー的な工夫人形(ちょっと不気味)があったり、高低差のある枝道を滑り台で移動したりと、ちょっとしたエンターテインメント風味。
最後はみんなで小さいトロッコに乗ってズルズルと外に出る。ちょっと霧が晴れて、こりゃ絶景。
雨の上がったハルシュタットの町を少しだけ散策して、列車でザルツブルクに戻り夕食。豚肉で何かを包み焼したもの(名前忘れた)とウィンナーコーヒー。日頃のすさんだ心洗われる、いいエクスカージョンでした。
<本日の1枚: 山から湖を臨む>
ラベル:
麗しの東欧編
場所:
オーストリア ハルシュタット
2011年7月28日木曜日
Day 29 - 音楽の都で場違いな上流の空気に触れる ~ ザルツブルグ (オーストリア)
<筆者注>
ユーラシア大陸横断のこのブログ、東欧に入ってから途絶えたままになってしまっていた。今は2017年。当然もう旅を終えて日本での生活に戻っていて、その間、結婚したり転職したり子供が2人生まれたりで筆が止まってしまっていたけれど、ずっと心の隅に引っかかっていたこの中途断絶ブログ。遠くなってしまった記憶をたどりながら少しずつ追記しようと思う。果たして東京までに辿り着けるか?(記憶的な意味で)(2017年5月6日)
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朝方にリュブリャーナを発った列車は昼過ぎにザルツブルグ中央駅へ。早速街へ出る。
オーストリアというのは、くくりで行ったら東欧なのか? しかし当然ドイツの影響も色濃くあるわけで、いわゆる旧共産圏の東欧とはやっぱり雰囲気が違う感じ。町中に焼きソーセージの屋台なんかもいっぱいあって、まぁビール飲みたくなる雰囲気だよね。
ザルツブルクといえばクラッシックでしょモーツァルトでしょ、というわけで、とりあえずモーツァルト氏の生家に訪問。
この日はウィーンフィルがこの町の祝祭大劇場で演奏するそうで、せっかくだから聴いときますか、という話。もうかれこれ1か月くらい旅をしてきて、服も髭もバックパッカー仕様になってるので、ホテルで少しだけ小奇麗にして会場へ。
劇場内に足を踏み入れると、当然のように正装をした紳士淑女が。日本語しゃべっている人もいる。「あら先生お久しぶりです。この度は本当におめでとうございます」とか言っていて、いかにも上流階級風。いちおうジャケットは羽織ってきたけど、カジュアル感が抜けない自分としては場違い感が半端ない。雰囲気を壊さないように隅っこで小さくなりながら開演を待つこ20分ほど。 演奏が始まるとそれなりに惹き込まれてあっという間に1時間半ほど。「ブラボー!」との上流紳士の喝采を後に、やはりそそくさと会場を後にしたのでした。
<本日の1枚: 終演後>
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朝方にリュブリャーナを発った列車は昼過ぎにザルツブルグ中央駅へ。早速街へ出る。
オーストリアというのは、くくりで行ったら東欧なのか? しかし当然ドイツの影響も色濃くあるわけで、いわゆる旧共産圏の東欧とはやっぱり雰囲気が違う感じ。町中に焼きソーセージの屋台なんかもいっぱいあって、まぁビール飲みたくなる雰囲気だよね。
ザルツブルクといえばクラッシックでしょモーツァルトでしょ、というわけで、とりあえずモーツァルト氏の生家に訪問。
この日はウィーンフィルがこの町の祝祭大劇場で演奏するそうで、せっかくだから聴いときますか、という話。もうかれこれ1か月くらい旅をしてきて、服も髭もバックパッカー仕様になってるので、ホテルで少しだけ小奇麗にして会場へ。
劇場内に足を踏み入れると、当然のように正装をした紳士淑女が。日本語しゃべっている人もいる。「あら先生お久しぶりです。この度は本当におめでとうございます」とか言っていて、いかにも上流階級風。いちおうジャケットは羽織ってきたけど、カジュアル感が抜けない自分としては場違い感が半端ない。雰囲気を壊さないように隅っこで小さくなりながら開演を待つこ20分ほど。 演奏が始まるとそれなりに惹き込まれてあっという間に1時間半ほど。「ブラボー!」との上流紳士の喝采を後に、やはりそそくさと会場を後にしたのでした。
<本日の1枚: 終演後>
ラベル:
麗しの東欧編
場所:
オーストリア ザルツブルク
2011年7月27日水曜日
Day 28 - エメラルドの湖畔でマイナスイオン浴びまくり ~ プリトヴィツェ湖群国立公園 (クロアチア)
ザグレブ着は朝7時の予定だったが、20分くらい遅れての到着となった。ソフィアからブカレストへの列車での7時間遅れをはじめとして、数時間単位の遅れをくさるほど経験した身としては、20分なんてほぼ定時みたいな感覚だが、今日は7:40のバスに乗らなければいけないのでちょっとだけ焦る。ザグレブのバスターミナルは結構大きく、3階建てになっている。まずは大きな荷物を預けるべく荷物預かり所を探す。2階にあるロビーの中をピクトグラムで示された方向に歩いてもどうも見つからないと思ったら、階段を下りた乗り場の横に地味にあった。料金は時間制。結構いい値段をとる。次はチケット。こちらは2階のチケット窓口ですんなり買えた。とはいえすでに発車5分前、ぎりぎり。
プリトヴィツェ行きのバスの最終到着地はドゥブロブニク。今さっき来たばかりの道を引き返す。ザグレブに来るバスではプリトヴィツェを通る時間には寝ていたので、車窓から見る景色ははじめてのもの。プリトヴィツェのバス停で途中下車しなければいけないので、一応車掌にプリトヴィツェに着いたら教えてと言ってみるが、車掌氏は英語が分からない様子。「プリトヴィツェ? Ok, Ok!」と言ってはいるが、本当に通じているんだろうか? もしかしたら単に「プリトヴィツェを通るよ」って意味でOKって言っているだけかも。
ザグレブを出て2時間ほど、バスは山道の中に入って行き、車窓の景色も渓谷や川沿いの村が多くなってきた。これだけでも結構な眺め。プリトヴィツェへの期待が高まる。ところが、しばらくすると道は川を離れて平原のようなところを走るようになってしまった。川の気配が薄くなるにつれ心配になってきた。プリトヴィツェはほんとにまだ先なんだろうか? もしかしたらもう過ぎてしまったのかもしれない…。不安な時間を15分ほど過ごした頃、窓から「プリトヴィツェ湖 20 km」と書かれた道案内標識が見えた。よかった、まだ通り過ぎていなかった。
プリトヴィツェに着いたときは、ちゃんと車掌がアナウンスをしてくれた。旅行者らしき人が7, 8人降りる。なんだ、他にもプリトヴィツェで降りる人がいたんだ。プリトヴィツェには2つバス停がある。自分以外の旅行者は1つ目で降りたが、地図を見る限り2つ目のバス停から散策をスタートさせた方がよさそうだったので、自分だけは2つ目で降りる。
プリトヴィツェ国立公園は自然を残しながらも観光地としてけっこう整備が進んでいるらしく、公園入り口の前にはクラブハウスみたいな建物があり、レストランや綺麗なトイレが入っていた。それではと、散策前に腹ごしらえをすべく、カフェテリア形式の食堂でニジマスのグリルを注文。焼けたら席に届けてやると言われ、しばらく待つとバターで焼いた魚がやってきた。塩焼きみたいなものを創造していたけど、どちらかというとムニエルっぽい感じ。まあこれはこれで旨い。魚自体は、ブルガリアのリラの渓谷で食べたものの方がデカくて新鮮でよかったかな。
プリトヴィツェにはいくつかのお勧め散策コースというのが設定されている。訪問者は自分の体力や時間と相談してコースを決めればよい。プリトヴィツェを奨めてくれた旅行者氏が「Hコースがいいですよー」というので、素直にそうする。コースの一部に園内を走るエコバスや湖上船を使って国立公園内を一周するコース。所要時間は4~6時間。国立公園への入場料と乗り物の料金を含んだチケットを買い、バスを待つ。観光シーズンだけあって、人がえらい多い。20分間核で走るバスも、下手をすると満席になりそうだ。運よく1つ目のバスで席を確保でき、散策のスタート地点へ。
散策道は川と湖、そして滝に沿って歩くようにできている。途中、尾瀬のような感じで湖や池の浅瀬を歩くようなところも多い。水は深いエメラルド色で、空気も旨い。歩くだけでかなり気持ちがいい。
透き通った水の中には魚もいっぱい。ニジマスが群れを成して泳いでいる。これが捕まえらrてさっきのレストランでグリルになって出てくるわけだな。君たちの仲間はおいしかったよ。
途中昼食をはさみつつ5時間くらいかけて国立公園の端まで来て、入口まで戻る園内バスの乗り場にたどり着いた。ところがそこには気持ち悪いくらいのバス待ちの人の群れ。こんな中で待つのは嫌だ。次の便に乗れるかも分からない。ということで入口まで3km弱の道のりを歩いて入口に戻り、ザグレブへ戻る長距離バスが着くバス停でバスを待つ。バス停のあたりをぶらぶらしている係員らしきおっさんに次のバスの時刻を聞くと、「ンフ、ンフ」と言いながら紙に4:15という数字を書いて見せてくれた。あと45分くらいか。1日のバスの本数を考えれば、ちょうど良い時間に戻ってきた。
ザグレブへのバスは来るときに使ったものとは違う会社のものだったようで、バスターミナルではなくザグレブの中央駅前に着いた。今日の宿泊地、スロヴェニアのリュブリャーナへの列車にはまだだいぶ時間があったので、市内の居酒屋風レストランでスニッツェルを食べつつ一杯。1日歩き疲れた体にビールが染み渡る。そのままほろ酔い気分でバスターミナルまでの道を2.5 kmほど歩く。今日はかなり歩き通しだ。トータル20 km以上歩いているんじゃないだろうか? バスターミナルまでの道沿いの壁に描かれた落書きが結構面白い。
バスターミナルで荷物をピックアップし、今度はタクシーで中央駅に戻る。ザグレブ発21:15のミュンヘン行きに乗車。2等車のコンパートメントは旅行者で一杯。ドイツやらクロアチアやらイギリスやらの人たちとぼちぼち話していると列車はすぐに国境駅に着いた。クロアチアの出国審査はさくっと通ったものの、スロヴェニアに入国してからの審査で係官の目が光った。どうもEU圏に何度も出たり入ったりしているスタンプの多さが引っかかったらしい。ブルガリアに入国するときと同じ状況。パスポートのほかに写真つきのIDを持っていないか求められ、さらにメモ用紙に自筆のサインをさせられて筆跡照合。15分くらいかかってやっと無罪放免となった。同じコンパートメントの人に「あんたのおかげで一眠りする時間ができたよ」と言われる。列車を遅らせてしまったようだ。
リュブリャーナは小雨が降っていた。ホテルまで15分ほど歩き、チェックイン。もう0時を回っている。明日の朝にはオーストリアのザルツブルクに発つので、せめてリュブリャーナのシンボル、三本橋だけは見ておこうと、疲れた体を引きずって市内中心部まで歩く。三本橋、たしかに綺麗だけど他のヨーロッパの街にもいくらでもありそうなシロモノだ。一国の首都として他に見所が無いから無理やり有名にされている感は否めない。スロヴェニアという国、かつてはユーゴスラビアの中で西欧に最も近く窓のような役割を果たしていたという。ユーゴが解体された今、この国はユーロを導入するなど、一気に西欧の仲間入りをしようと躍起になっているように見える。だがそれは本当に正しい方向性なのか? スロヴェニアはユーゴという枠組みの中にあったからこそ西欧への窓口としてのキー・ポジションをキープしていたのであって、そこを離れて西欧の中に入ってしまったら単に他の西欧諸国から見劣りする1つの国でしかなくなってしまう。それがスロヴェニアの選択なら仕方が無いけど、なんとももったいないような気がした。
今日でバルカン半島を回る旅は終わり、明日からはかつて東欧諸国と呼ばれ、芸術と自然にあふれた北部中欧へ。
<本日の1枚: プリトヴィツェ湖国立公園>
プリトヴィツェ行きのバスの最終到着地はドゥブロブニク。今さっき来たばかりの道を引き返す。ザグレブに来るバスではプリトヴィツェを通る時間には寝ていたので、車窓から見る景色ははじめてのもの。プリトヴィツェのバス停で途中下車しなければいけないので、一応車掌にプリトヴィツェに着いたら教えてと言ってみるが、車掌氏は英語が分からない様子。「プリトヴィツェ? Ok, Ok!」と言ってはいるが、本当に通じているんだろうか? もしかしたら単に「プリトヴィツェを通るよ」って意味でOKって言っているだけかも。
ザグレブを出て2時間ほど、バスは山道の中に入って行き、車窓の景色も渓谷や川沿いの村が多くなってきた。これだけでも結構な眺め。プリトヴィツェへの期待が高まる。ところが、しばらくすると道は川を離れて平原のようなところを走るようになってしまった。川の気配が薄くなるにつれ心配になってきた。プリトヴィツェはほんとにまだ先なんだろうか? もしかしたらもう過ぎてしまったのかもしれない…。不安な時間を15分ほど過ごした頃、窓から「プリトヴィツェ湖 20 km」と書かれた道案内標識が見えた。よかった、まだ通り過ぎていなかった。
プリトヴィツェに着いたときは、ちゃんと車掌がアナウンスをしてくれた。旅行者らしき人が7, 8人降りる。なんだ、他にもプリトヴィツェで降りる人がいたんだ。プリトヴィツェには2つバス停がある。自分以外の旅行者は1つ目で降りたが、地図を見る限り2つ目のバス停から散策をスタートさせた方がよさそうだったので、自分だけは2つ目で降りる。
プリトヴィツェ国立公園は自然を残しながらも観光地としてけっこう整備が進んでいるらしく、公園入り口の前にはクラブハウスみたいな建物があり、レストランや綺麗なトイレが入っていた。それではと、散策前に腹ごしらえをすべく、カフェテリア形式の食堂でニジマスのグリルを注文。焼けたら席に届けてやると言われ、しばらく待つとバターで焼いた魚がやってきた。塩焼きみたいなものを創造していたけど、どちらかというとムニエルっぽい感じ。まあこれはこれで旨い。魚自体は、ブルガリアのリラの渓谷で食べたものの方がデカくて新鮮でよかったかな。
プリトヴィツェにはいくつかのお勧め散策コースというのが設定されている。訪問者は自分の体力や時間と相談してコースを決めればよい。プリトヴィツェを奨めてくれた旅行者氏が「Hコースがいいですよー」というので、素直にそうする。コースの一部に園内を走るエコバスや湖上船を使って国立公園内を一周するコース。所要時間は4~6時間。国立公園への入場料と乗り物の料金を含んだチケットを買い、バスを待つ。観光シーズンだけあって、人がえらい多い。20分間核で走るバスも、下手をすると満席になりそうだ。運よく1つ目のバスで席を確保でき、散策のスタート地点へ。
散策道は川と湖、そして滝に沿って歩くようにできている。途中、尾瀬のような感じで湖や池の浅瀬を歩くようなところも多い。水は深いエメラルド色で、空気も旨い。歩くだけでかなり気持ちがいい。
透き通った水の中には魚もいっぱい。ニジマスが群れを成して泳いでいる。これが捕まえらrてさっきのレストランでグリルになって出てくるわけだな。君たちの仲間はおいしかったよ。
途中昼食をはさみつつ5時間くらいかけて国立公園の端まで来て、入口まで戻る園内バスの乗り場にたどり着いた。ところがそこには気持ち悪いくらいのバス待ちの人の群れ。こんな中で待つのは嫌だ。次の便に乗れるかも分からない。ということで入口まで3km弱の道のりを歩いて入口に戻り、ザグレブへ戻る長距離バスが着くバス停でバスを待つ。バス停のあたりをぶらぶらしている係員らしきおっさんに次のバスの時刻を聞くと、「ンフ、ンフ」と言いながら紙に4:15という数字を書いて見せてくれた。あと45分くらいか。1日のバスの本数を考えれば、ちょうど良い時間に戻ってきた。
ザグレブへのバスは来るときに使ったものとは違う会社のものだったようで、バスターミナルではなくザグレブの中央駅前に着いた。今日の宿泊地、スロヴェニアのリュブリャーナへの列車にはまだだいぶ時間があったので、市内の居酒屋風レストランでスニッツェルを食べつつ一杯。1日歩き疲れた体にビールが染み渡る。そのままほろ酔い気分でバスターミナルまでの道を2.5 kmほど歩く。今日はかなり歩き通しだ。トータル20 km以上歩いているんじゃないだろうか? バスターミナルまでの道沿いの壁に描かれた落書きが結構面白い。
バスターミナルで荷物をピックアップし、今度はタクシーで中央駅に戻る。ザグレブ発21:15のミュンヘン行きに乗車。2等車のコンパートメントは旅行者で一杯。ドイツやらクロアチアやらイギリスやらの人たちとぼちぼち話していると列車はすぐに国境駅に着いた。クロアチアの出国審査はさくっと通ったものの、スロヴェニアに入国してからの審査で係官の目が光った。どうもEU圏に何度も出たり入ったりしているスタンプの多さが引っかかったらしい。ブルガリアに入国するときと同じ状況。パスポートのほかに写真つきのIDを持っていないか求められ、さらにメモ用紙に自筆のサインをさせられて筆跡照合。15分くらいかかってやっと無罪放免となった。同じコンパートメントの人に「あんたのおかげで一眠りする時間ができたよ」と言われる。列車を遅らせてしまったようだ。
リュブリャーナは小雨が降っていた。ホテルまで15分ほど歩き、チェックイン。もう0時を回っている。明日の朝にはオーストリアのザルツブルクに発つので、せめてリュブリャーナのシンボル、三本橋だけは見ておこうと、疲れた体を引きずって市内中心部まで歩く。三本橋、たしかに綺麗だけど他のヨーロッパの街にもいくらでもありそうなシロモノだ。一国の首都として他に見所が無いから無理やり有名にされている感は否めない。スロヴェニアという国、かつてはユーゴスラビアの中で西欧に最も近く窓のような役割を果たしていたという。ユーゴが解体された今、この国はユーロを導入するなど、一気に西欧の仲間入りをしようと躍起になっているように見える。だがそれは本当に正しい方向性なのか? スロヴェニアはユーゴという枠組みの中にあったからこそ西欧への窓口としてのキー・ポジションをキープしていたのであって、そこを離れて西欧の中に入ってしまったら単に他の西欧諸国から見劣りする1つの国でしかなくなってしまう。それがスロヴェニアの選択なら仕方が無いけど、なんとももったいないような気がした。
今日でバルカン半島を回る旅は終わり、明日からはかつて東欧諸国と呼ばれ、芸術と自然にあふれた北部中欧へ。
<本日の1枚: プリトヴィツェ湖国立公園>
ラベル:
革命と戦乱のバルカン半島編
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