2011年8月4日木曜日
Day 36 - 受け継がれる記憶 ~ アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所 (ポーランド)
夜を通して走った列車は朝7時過ぎにポーランド南部のクラクフに到着。
ここでの一番の目的は、ここからさらに1時間半ほどのところにあるオシフィエンチムという町にある、ナチスの強制収容所跡。
オシフィエンチムをドイツ語読みすると"アウシュヴィッツ"。言わずと知れた絶滅収容所。
クラクフからの行き方はバスか鉄道だが、バスの方が施設の前まで行ってくれるということで、バスターミナルでチケットを購入。7:50オシフィエンチム行き。発車時刻が迫っているので、乗り場に急ぐ。
そこにいたのは、「バス」とは名ばかりで10人乗りくらいのワゴン車。しかも既にお客さんがぎゅうぎゅう乗っている。「もういっぱい?」と運転手のおっちゃんに聞いてみると、「席はないけどそこに座っとけ」との指示。どういうことかというと、普通の車でいうと助手席があるところにシートがないわけですね。ゴムマットが敷かれてるだけで、そこの地べたに座れと。運転手氏の足の臭いまで匂ってきそうなポジショニングに押し込まれつつ、1時間半ゆられる。
バスの到着地はアウシュヴィッツ第一収容所前の駐車場。ここから正門まではすぐ。
収容居住区への入り口にある、「働けば自由になる」のゲート。
収容所内には見学の客が沢山いたけど、中でも目を引いたのはこの団体。
軍の教育の一環として、団体でこうした民族の受難の遺産を巡って、愛国の思いを新たにするわけですな。かくいう彼らも、パレスチナとかでは現地民間人も含めて相当えげつない軍事行動をしているわけだけど、やはり自分たちが被害を受けた記憶というのは、忘れられることはなく増幅されやすい。
収容居住棟の中には、ユダヤ人被害者の遺品や劣悪な就寝スペース等、非人道的な行いの名残を遺す展示がいろいろ。
第一収容所を後にし、もう一つの収容所、ビルケナウ(アウシュヴィッツ第二収容所)へ。オシフィエンチムの町中を歩いて2kmくらい、平原の中に突如それは現れる。
ビルケナウの正面入り口はこんな感じ。シンドラーのリストをはじめ映画等で有名な鉄道の引き込み線が門を貫く。
中に入ると、第一収容所とは対照的に、建物は少なめ。ナチスドイツ終焉の際アウシュヴィッツから撤退する際に破壊されたのだとか。門から続く引き込み線の線路だけが、かつて収容室やガス室等が並んでいたであろう土地の真ん中に伸び、終端には鎮魂の花。
破壊されたガス室と思しき建物。
収容者増にともなって急造された収容所だけに、こちらに残る収容棟はバラック仕立て。
さてここからは"鉄"視点でのアウシュヴィッツ。ビルケナウ収容所に続く鉄道の引き込み線、収容所の外でもところどころ続いている。↓は収容所正門を外から眺めたところと、同じ地点から180°反対方向を向いたところ。
線路がすでにはがされているところでも、路盤や線路の跡っぽいものが残されていて、たどって歩いていくことができるので、どこまで続いているのか行ってみた。
ずっと歩いていくと、かつての幹線っぽい線路と合流。端っこに何かを思わせるように貨車がぽつんと留まっていた。
ここは実は今のオフィシエンチムの鉄道駅の近く。先ほどの線路も現役の路線につながっている。
ここからはクラクフへ鉄道で戻り。1時間に1本程度は電車があるようだ。
夕食はポーランド版ボルシチと、アジアの餃子がこっちに伝わったピエロギという料理。
<本日の1枚: 記憶の過去から繋がる線路>
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