「昔の日本では東京からロンドン行きの切符が買えた」、こんな話を何かで読んだことがある。昭和の初期、まだ旅客飛行機は無く、日本からヨーロッパへの移動といえば船で大陸に渡り、そこから朝鮮総督府鉄道や南満州鉄道を経てシベリア鉄道で一路西を目指すという頃のお話。そんなある種のロマンを感じる話に触れてからというもの、「いつかはヨーロッパの端まで陸路で行ってみたい」と漠然と思うようになっていた。しかしまあ当然ながら相当時間のかかる旅になるだろうし、日々の仕事をこなしつつ生きる身としては、あと30年くらいしてリタイヤしてからかな、その頃には韓国から中国まで北朝鮮を鉄道で抜けて行けるようになっているかもなあ、などと悠長に考えていた。
しかし、チャンスは予想より相当早いタイミングで巡ってきた。2009年から仕事をいったん辞めてアメリカの大学院にMBA留学することになった私は、2011年の6月に卒業して、9月に次の仕事を開始するまで、2ヶ月ちょっとの空白期間を手にした。いわゆる「モラトリアム」ちゅうやつである。かつてある人は言った。「学生の頃は暇はあっても金が無い。社会人になってバリバリ働き出すと金はできても暇が無い。じゃあ歳をとって仕事も落ち着いて、暇も金も手にしたらどうなるかというと、今度は元気がなくなってくる」と。このモラトリアム期間、暇は手にしたし元気もある。金は若干気になるところだけどまあそこは気にしないようにしよう。そうすればこれって昔からやりたかったユーラシア陸路横断の旅をするのにうってつけの機会なんじゃないだろうか? 卒業を間近に控えたある日そう考えた私は、2年間のMBA学生生活を締めくくる卒業旅行として、アメリカからヨーロッパに渡って、そこから陸路で日本まで帰国することにした。
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