2011年6月30日木曜日

Day 1 - シカゴの空は千々に乱れて ~ シカゴ (アメリカ)

昨日の乗り遅れは痛かったが、おかげでちょっとしたやり残しを片付けられることになった。まず、朝に大学の生協に行き、学位記を入れる額を購入。私は経営大学院と工学大学院をそれぞれ修了するデュアル・ディグリーのプログラムに属していた。2つの大学院を卒業するので学位記も2つもらうのだが、額は1つしか買っていなかったのだ。額は結構重く大きな荷物になるが、これは友人に頼んで日本に船便で送ってもらう予定。帰りに、大学や近辺のグッズショップで、ちょっとした記念品も購入。大学院のロゴが入ったボトルと、大学のスクールカラーのシャツをまとった人形のついたキーホルダー。そうだ、そういえばこの前学校の友人に今回の旅行の話をしたら、「欧米のバックパッカーはキャラクターグッズを行く先々で写真に収めて回るんだ」と言っていた。この大学グッズを旅行に連れて行って、各地で写真をとることにしよう。そんなわけで、大学キャンパスの門と寮の前でさっそく撮影。


フライトは午後4時のイベリア航空の便。マドリッドで乗り換えてリスボンへは翌朝9:10着。今度はかなり余裕を持って空港に着く。

意気揚々と飛行機に乗り込んだものの、出発時刻を過ぎてもなかなか動く気配が無い。正確には滑走路に向かう誘導路の上で1時間以上止まったままだ。どうも空の交通渋滞が起きていて、離陸許可が下りないらしい。今回はどうも渋滞にはまるケースが多いみたいだ。そうこうしているうちに、1時間半ほど遅れてやっと離陸。マドリッドでの乗り継ぎが間に合えばよいが…。

<本日の1枚: 出発!>

2011年6月29日水曜日

Day 0 - 嗚呼コンチネンタル、無情の2分 ~ シカゴ (アメリカ)

昨日ついにロシアのビザが認可された旨のメールが来た。FeDexのOver Nightデリバリーを頼んであるので、申請代行業者からのパスポート配送状況がオンラインでトラッキングできる。予定では午後3時までには届くはず。パスポートを受け取り次第すぐ出発してリスボンに飛ぶとなると、United Airlinesで6:10pmシカゴ発、ニューアークで乗り継いでリスボンには翌朝の10:10am着の便がある。せっかく特急サービスまで利用して早めにビザを手に入れたことだし、1日でも旅行を長めに取りたい。そんなわけで朝にオンラインで飛行機のチケットを購入。ロシアビザの貼られた我がパスポートは、けっきょく予定よりも早く朝の10時くらいに寮に届いた。「あんた、これずっと待ってたでしょ」と寮のフロントのおばちゃんにからかわれる。朝からそわそわとメールボックスをチェックしにロビーに降りてきてたのを見られていたらしい。あとは出発するのみ。

しかし今回の旅行の出発はスーツケースだけパッキングしてすぐ出発、というわけにはいかない。なにせ2年間住んだ大学院寮の部屋を引き払って、米国外に退去しなければいけないのだ。朝から部屋の片付けとパッキング、不要物のゴミ出しに追われる。途中、車が故障して修理に出す同級生の送り迎えなどやっていたら、早くも時刻は3時を越えている。ニューアークまでの路線は国内線なので、45分前までにチェックインすれば大丈夫なはず。パッキングの仕上げや退寮の手続きなどを終え、4時過ぎに駆け足で寮を出た。

寮の目の前にあるホテルからタクシーを拾って、一路オヘア空港へ。通常なら40分少々の道のり。タクシーの中から慌ただしくAT&Tに電話をし、携帯の解約をする。ああ銀行から現金も下ろさねば。タクシーの運ちゃんに、道中のドライブスルーATMに寄ってもらうようにお願いする。

ところが、ここで大きな誤算。空港への道がめちゃくちゃ混んでいる。夕方のラッシュアワーにぶつかってしまったのか、車が一向に進まない。シティバンクのドライブスルーでお金を下ろした段階で既に5時。いつもならここから空港はもう10分もかからないのだが、この調子では雲行きが怪しい。「6:10の飛行機で、5:15くらいには空港着かなければいけないんだけど、大丈夫?」、運ちゃんに聞くと「今日は混んでるからな。できるかわからないけど、何とかやってみるよ。」との返事。その後、運ちゃんはがんばって何とか5:20に空港ターミナル着。あと5分。

ユナイテッドのチェックイン機にパスポートを通すが、どうもおかしい。「手続きにはコンチネンタル職員のアシストが必要です」とメッセージが出る。どうも直前のチェックインなので有人の処理がいるらしいのだが、ここはユナイテッドのカウンター。予定の便はコードシェア便で、飛行機自体はコンチネンタルが飛ばすのでコンチネンタルの職員が必要らいい。近くにいた制服姿のおばちゃんに声をかけても、「私ユナイテッドだから」とか「私いま非番だから」とかサービス精神のかけらも無い返事が返ってくる。合併してしばらく経つのに、ぜんぜんオペレーションが統合されていない。けっきょく同じターミナル内にあるコンチネンタルの有人カウンターまで走りチェックインを試みるものの、時既に遅し。「もう締め切りました」とにべも無い対応。時間は5:27、2分遅かった...。

コンチネンタルのカウンター職員は、一応振り替えの便を探してくれるが、購入していたチケットの種類の制約で、振り替えられる便が限られるらしい。そしてそれらはすべて満席。けっきょく、一番早いオプションとして明日の午後4時にイベリア航空でマドリッド乗り継ぎでリスボンに行く便をあてがわれた。今日中の出発は無理か...。

まだ空港をウロウロしているうちに、チケットを買ったExpediaからメールが入り、ヘルプするからすぐ電話を寄こせと連絡。まあもう代替のフライトが確保できたので必要ないけど、ここらへんいい仕事するなと感心。

夜、重いスーツケースを引きずりながら、空港から地下鉄を乗り継いで家まで戻る。いや、家だった所、と言うべきか。もう寮の部屋は退居手続きをしてしまっているので鍵が無い。建物に他の学生に鍵を開けてもらって入る。幸い部屋の鍵は開けっ放しで出てきたので、そのまま何も無い部屋に戻る。そのまま憂さを晴らすべく、まだ町に残っている同級生を呼び出してバーで呑んだくれる。

2011年6月28日火曜日

ビザ取得手続き - その8

卒業後モラトリアムの特権で、平日の朝からゴルフ。ラウンドが終わってからメールを見ると、ビザ手続きが”Completed”になったとの通知が! ついに懸案のロシアビザがおりた! 居住資格の証明も、とりあえずF-1ビザのコピーだけで何とか認められたみたい。パスポートなど書類返送のFeDexトラッキング番号が載っていたので、家に帰ってさっそく確認。明日の午後3時までには到着予定。同じタイミングで、ユーレイル・グローバル・パスも到着する見込み。それならば、明日そのまま出発してしまおうか? 遅配の可能性も考えて、FeDexでシカゴの拠点まで荷物が来た時点で、配送完了間近と見てフライトのチケットを取ることにしよう。いよいよ出発だ!

2011年6月27日月曜日

ビザ取得手続き - その7

Passport Visa Expressから突如「$100を返金しました」との通知メールが来る。なんのこっちゃ。返金されるようなポリシーでもあったかなと思ってWebサイトを見てみると、「当方がコミットした結果を達成できなかった場合は、手続き手数料を全額お返しします」とある。これってもしかして手続きがうまくいかなかったってこと?

Passport Visa Expressの担当者になんのための返金なのか聞いてみる。ここ数日けっこうやり取りしているので口調もけっこう友達みたいな感覚になってきた。聞いてみると、返金の理由はロシア大使館に払った$250が実はアメリカ人向け料金で、日本人なら$150で済むことが分かったので差額を返金したんだと。なんだ、と胸をなでおろす。しかし国籍によってビザ申請料金が変わるってのも面白い話だ。アメリカ人はやっぱりまだかつての冷戦の影響からビザ審査も厳格で手間ひまかかるんだろうか?

2011年6月25日土曜日

移動手段の事前手配

ここ数日はビザのことにかかりきりになっているが、他の素材も手配が必要なものがある。それが交通機関の切符。まず西ヨーロッパの鉄道を使うときに使うユーレイル・グローバル・パス。これはヨーロッパに入ってからでは買えないので出発前の購入が必須。今回はパス適用外の国もけっこう回るので、そんなに登場回数は多くない。そこで2ヶ月内で任意の10日について使用可能なフレキシー・タイプを購入。ユーレイルのWebサイトから直接購入して家まで送ってもらえる。個別の列車の座席予約については現地についてからやる予定。ただしシベリア鉄道とロシア入国直前の数本については、万が一取れなかったときに大幅に旅程を変更しなければならず、下手をするとロシアのビザ有効期間内にロシアを通り抜けられなくなる恐れがあるので、これは事前に予約する。

まずシベリア鉄道。普通、正規にロシアのバウチャーを取得してビザ申請をするときは旅行代理店に手配をお願いすることにある。ただし料金はバカ高。今回は空バウチャーを使うので、シベリア鉄道の切符は別途単独で購入する。使ったのはオンラインサイトのReal Russia (https://www.realrussia.co.uk/)。UKに本社、ロシアに現地オフィスがある会社らしい。見た目上はExpediaで飛行機をとる感覚で予約・購入できる。料金はぼちぼち。シベリア鉄道以外の切符も扱っているので、ウクライナからロシアまでの列車も合わせ、キエフ⇒モスクワ, モスクワ⇒ウランバートル, ウランバートル⇒北京の列車を予約した。このサイト、チケット手配がすべてオンラインでシステム化されているわけではないらしく、サイト上で支払いを済ますと、ロシア国内にいる現地のエージェントが物理的に駅に出向いてチケットの確保に走る人力系な仕組み。チケットも物理的なやり取りが発生する。モスクワでピックアップすることもできるけども、今回はキエフからの路線もあるし、ロシア入国時に出国の交通機関チケット提示を求められる可能性も考えて、キエフで滞在するホテルに送ってもらってそこで受け取ることにした。

もうひとつ、ポーランドのワルシャワからキエフへの列車も念のため予約する。ポーランド国鉄のWebサイト(http://www.polrail.com/)から予約と支払いが可能。一部の列車以外は運賃の自動計算の機能がなく、カスタムでルートと希望列車・クラスを送信すると先方から見積りが返ってくる。内容に同意すればその見積り内容で購入・発券できる。チケットはワルシャワ中央駅の窓口でのピックアップを選択。

次にフェリー。今回フェリーに乗る予定なのは、フランスのマルセイユからチュニジアのチュニス, チュニスからイタリアのパレルモ, イタリアのバーリからギリシアのパトラス, 大連から仁川, それと釜山から博多まで。ふつうフェリーが満席になることはあまり無いはずだけれども、やはり運航日が限られるルートはもし当日取れなかったときのインパクトが大きいので、念のため比較的乗船日の近い最初の3つについては事前に購入することにした。今回チュニジアに呼んでくれた現地在住の友人から教わったAferry.comで路線を選んで予約と支払い。チケットはeチケット制。長距離フェリーなので当然ベッドもある。ホテルの部屋並みの船室もあるけども、ここはちょっとケチって座席のチケットにした。フェリーの座席はゆったりしているし船内の移動も自由なので、経験上ベッドでなくてもそんなに疲れない。それに、かなり前に大阪から釜山へのフェリーを使ったときは、同室になった韓国人と夜通しラウンジで酒盛りをしていたため、ベッドはほとんど使わなかった。

ホテルについては、旅先での旅程変更も考慮に入れて、出発前の予約はしない。その町への移動の前日にでもオンラインや電話で予約できるし、着いてから探すこともできる。

2011年6月23日木曜日

ビザ取得手続き - その6

ロシア大使館へのビザ申請は首尾よく行われた模様。Passport Visa Expressのサイト上でのオーダートラッキングが"In-Progress”になった。あとは結果を待つのみ。

2011年6月22日水曜日

ビザ取得手続き - その5

卒業したあとみんながそれぞれの国に帰っていくので、毎日送別会と銘打っては呑み会がある。昨晩もご他聞にもれず呑んで、昼まで二日酔いで寝床でうつらうつらしていると電話が。Passport Visa Expressだ。なんでも、昨日メールで出した問い合わせについてらしい。ビザが発行されれば鉄道で移動するのは問題ないはずだけど、心配なら訪問する可能性のある都市を全部教えろとのこと。それがないと空バウチャー発行の手続きに入れないという。しまった、問い合わせが裏目に出たか。ロシア大使館のビザ申請受付は午前中だけなので、もうこの時間では今日の申請に間に合わない。あらためて滞在予定はモスクワだけだと答えて、手続きを開始してもらうが、大使館への申請はやはり明日になるとのこと。1日ロスしたか。

2011年6月21日火曜日

ビザ取得手続き - その4

ロシア大使館サイトのリンクに載っていたもうひとつの業者。名前はPassport Visa Express (http://www.passportvisasexpress.com/)。Webサイトを見てみるとしっかりしたサービスを行っているようだ。申請ステータスのチェックも随時オンラインでできるみたい。レビューサイトでの評判も上々。というわけで、この業者を使うことにした。Web上でオーダーを済ませた後、必要書類をFeDexでワシントンD.C.にあるこの業者のオフィスに送付。夕方の4時過に近くのFeDex店舗から出したが、明日の朝8時には着くらしい。もちろんオンライントラッキングもできるので安心。ロシア大使館へのビザ申請は、どれだけ急ぐかによって料金が異なる。「金さえ積めばなんとかしてやる」ということか。ここらへん、なんともロシアらしいというか。通常のプロセスでは2週間以上かかるところ、今回は奮発して4営業日内でプロセス完了させる特急サービスを利用。$250也、やっぱり結構高いなぁ。

書類を送ったあと、ふと気になる。ビザの申請書には滞在予定都市を記入して、それがバウチャーと符合している必要がある。裏を返せば、ビザ申請代行業者が手配する空バウチャーはこの滞在予定都市にあるホテルを記載してくるのだ。今回、都市として訪問するのはモスクワだけなのでそう書いて出したけれど、その後シベリア鉄道で東に旅して大丈夫なんだろうか? 列車の停車時間にちょっとホームに下りたときに警察に捕まって、「モスクワにしか行かないはずなのに、なんでここにいる?」と詰問されたりしないだろうか? ちょっと不安になって、Passport Visa Expressにメールで問い合わせしてみる。「自分はさっきオーダーをして書類も送ったけど、実はこういう状況で云々..」。東部時間でもう6時をまわっているし、今日は返事は返ってこないだろう。今日のところでできるのはこんなところか。

2011年6月20日月曜日

ビザ取得手続き - その3

先週の金曜、とうとう大学院の卒業式が終わった。大学全体の卒業式、工学大学院の卒業式、経営大学院の卒業式と、1日に3つも卒業式に出席したのでけっこうハードな一日だった。その後は学生仲間と朝まで呑み明かして、キャンパスから臨むミシガン湖から登る朝日を拝んできた。やっぱり長いようで短かった2年間の学生生活だけど、30歳を超えてから学びやいろいろ新しい経験をできたというのは自分にとって大きかったなーとしみじみ思う。

さて、ロシアビザの話。卒業式明けの二日酔いの頭でネットサーチしていると、旅行情報を交換する掲示板である記述を目にした。新たなキーワード「空バウチャー」。先述のとおり、ロシアのビザ申請には事前にホテルや交通機関を手配して「バウチャー」というものを発行してもらわないといけない。ところが、ビザ申請代行業者の中には、現地の正規旅行代理店とパイプを持っていて、ホテルや交通機関が決まっていなくても、適当なホテル名でバウチャーとインビテーションを出してくれるところがあるらしい。この「空バウチャー」、実体を伴うバウチャーではないので、厳密に言うとロシア政府が求めているものとは違う。ただしいろいろ調べてみると、ロシアを観光ビザで旅する欧米の旅行者の7割がたはこの空バウチャーを使っているんだとか。そもそも、ロシア大使館のWebサイトから「推奨ビザ申請代行業者」としてリンクされている業者もこの空バウチャー発行サービスをしているのだから、ロシア政府としても分かっていて黙認ということか。今まで知らなかった4つ目の選択肢。これなら申請にかかる時間を大幅に短縮できそうだ。

ロシア大使館のサイトからリンクされている業者のひとつに電話をかけてみる。アメリカ人以外に対するサポートもやっているらしい。シカゴにも支店があるようなので、書類を持ち込んだ上で細かい確認や相談もできそうだ。さっそく、ビザ申請書とパスポート、アメリカF-1ビザのコピー、ロシアで有効な傷害保険の証書を持ってシカゴのダウンタウンにある支店に向かう。

ところが、道中この業者の評判をYelpなんかのレビューサイトで見てみると、すこぶる評判が悪い。やれ単純ミスが多いだの、担当者が基本的な知識も持ち合わせていないだの、果ては申請に出したパスポートがいつまでたっても返ってこないだの。…これはまずい。あわてて家に引き返し、作戦を練り直す。しかしなんでこんな業者がロシア大使館からの公式リンクに乗っているんだろう?

2011年6月16日木曜日

ビザ取得手続き - その2

昨日JTBに電話して指示されたシカゴミツワ支店に赴く。私の住んでいるところからミツワへは車で1時間弱の距離。朝イチで乗り付けて、まっすぐJTBのカウンターに向かう。「こちら、ロシアへの旅行の手配とかビザ申請支援ってやってます?」とたずねると、窓口の日本人おねーさん2名、顔を見合わせる。「ここでは取り扱ってないですねー…」。なんと、それではここまでわざわざ来た意味が無いではないか。ちょっといろいろ話をしてみて、「アメリカの中西部地域を統括する支店でなら何かやっているかも」ということで、その場から連絡をしてもらい、担当者からこちらに連絡をしてもらえることになった。結局あまり進展は無しか。退居を控えた今、ここで日本食材を買ってもしょうがないので、フードコートに入っている山頭火でラーメンを食べて帰る。

ミツワから家に帰る道中、JTBアメリカ中西部統括の担当者からメールが来た。ロシアのビザも一応手配ができるとのこと。その場合必要な書類のひとつとして、グリーンカードまたは労働ビザのコピーを指定してきた。これが居住資格の証明になるんだろうな。そこで、自分の米国F-1ビザの状況を説明してみる。そして返ってきた答えは….「F-1ビザ自体の期限はまだあるのでトライはできますが、保障はできません。認可の見通しが不透明なうえ申請代金も高いので、今回ロシア行きはお勧めできません」。う~ん、ちょっと先方も及び腰な感じ。その他のやりとりから判断して、ロシアの現地手配会社と直接強力なパイプがあるわけでもなさそうで、結局こちらの依頼を別の業者に下請けに出しているみたい。旅行素材の手配やバウチャー・インビテーションの入手にも時間がかかりそうな雰囲気なので、ここはいざというときの最終選択肢にして、他をあたるあたることにしよう。

3つ目のオプション、日本にあるロシア旅行専門代理店。これならロシアとのパイプもあるし、代行をしてくれるビザの申請先も東京のロシア大使館になるので、日本国籍保持者なら面倒な居住資格証明の問題も無い。問題は、米国にいながらこれらの代理店にビザ申請代行の依頼ができるのか? いずれにしてもビザ申請にはパスポートの原本が必要になるので、アメリカから日本にパスポートを送ることになる。そもそもそんなことしていいのだろうか?

東京にあるロシア専門旅行会社と銘打っているところにいくつか電話やメールをしてみる。どこも東京以外の地域からの遠隔申し込みには対応しているみたい。ところが自分が今外国にいる旨を告げてパスポートを送って手続きできるかと聞くと、これもまたどこも及び腰。まあ何かあったときの責任が取れないだろうから気持ちはわかる。最初から正直に問い合わせしたのがまずかったのかな。いざとなればパスポートを日本にいる親に送って、ダマテンで代理申請してもらうこともできるだろう。これもいざとなったときのひとつのオプションとしてとっておこう。

2011年6月15日水曜日

ビザ取得手続き - その1

さて、外国を旅行するにあたってまず気にしなければいけないのがビザの問題。ありがたいことに日本人の場合はJapan Passportという天下無敵の水戸黄門の印籠があるので、ほとんどの国では短期の観光目的ならビザは不要。ところがそんな日本人にとっても、ユーラシア大陸を北側から横断しようとしたときにビザ取得が必要な国がある。それがロシアとベラルーシ。今回の旅のハイライトはシベリア鉄道になるので、ロシアは通らないわけにはいかない。ロシアのビザについてちょっと調べてみてびっくり。観光ビザなので入国の前にでも隣国で数日あれば取得できるのかと思いきや、いろいろ書類をそろえた上で2~3週間もかかるらしい。これは困った。17日にある卒業式を終えたらなるべく早く出発したいと考えていたのに、かなり時間をロスしてしまう。

ベラルーシの場合は「その国を通らない」という選択肢がある。隣のウクライナならビザが不要なのだ。今回の旅ではベラルーシに特に見たいものがあるわけではないので、早々にウクライナ周りのルートをとることに決めてしまった。ビザの申請はパスポート原本のやり取りが必要になる以上、2つの国を同時には進められない。ロシアだけでも時間がかかりそうなのに、さらに別の国のビザを申請している時間は無い。

さてロシア。観光ビザ取得のためには、事前に訪問都市と日程を決定し、ロシア政府公認の旅行代理店ですべてのホテルと交通機関を手配した上でバウチャー(旅程兼手配証明書)とインビテーション(ロシア入国をホストする機関の招待状)が必要らしい。これらがそろってから、ようやく大使館や領事館でビザの申請ができるのだ。これはまともにやっていたのでは2週間どころでは済まなそうだ。

さらに事態を難しくしそうなことが判明。2007年にロシアの法改正があり、ビザの申請は原則的に国籍保持国の居住地域ごとに定められた大使館・領事館に申請しないといけなくなったらしい。私の場合は日本で申請しろ、ということなんだが、私はいま米国にいる。これはどうしたものか。さらに調べると、以下の条件を満たせば、国籍保持国でなくても申請ができるとのこと。

・ビザ申請を行う国に合法的に90日以上居住する資格を有していること
・申請先の大使館・領事館の管轄地域に居住していること

私のケースはどうなる? 考えていくとけっこうこれは厄介な事になるのではと思えてきた。「ビザ申請を行う国の居住資格」とは、米国で言えばグリーンカードとか労働ビザのことになる。私のビザは学生ビザ(F-1)で、一応この条件を満たす資格なのだが、ここで問題が一つ。米国のF-1ビザというのは、各教育機関を通して発行される在学許可証明であるI-20という書類があってはじめて有効になる。たとえば、パスポートに貼られたビザに書かれた期限は2014年だったとしても、I-20に記載された在学期間が2011年だったら、そこまでしかビザは有効ではないのだ。で、私の場合、I-20に記載された在学期間は課程の最後の試験が行われた2011年6月10日まで。そこから先はビザ期限満了後60日間許されるGrace Periodという猶予期間を使っての在米となっている。これって、「90日以上の合法的な居住資格」を満たさない恐れがあるのでは? 悩んでいてもしょうがないので、ビザ申請の方法を考えてみる。シカゴにロシア領事館は無く、現在は郵送での申請受付もやっていないということなので、大使館や領事館のある都市にある代理店を通してビザ申請をすることを前提にすると、考えられるオプションとしては以下の3つ。

・米国のロシア旅行専門代理店経由で米国のロシア大使館に申請
・米国にある日系総合旅行代理店経由で米国のロシア大使館に申請
・日本のロシア旅行専門代理店経由で日本のロシア大使館に申請

とりあえずシカゴ近辺でロシア旅行の手配とビザ申請代行をうたっている業者にいくつか電話してみた。が、やっぱりこれらはアメリカ人を対象としたサービスを行っているので、日本人の申請についてはどうもはっきりとしない返事。先ほどの居住資格の制限ことを話してみても、「う~ん、そういう決まりがあるのははじめて聞いたけど、大丈夫じゃないかなぁ」と、どうも不安だ。

それなら日系の旅行会社ならどうか。幸いシカゴにはJTBの支店があり、日本食材スーパーのミツワに窓口もある。ただし主に日本との行き来をする航空券などを取り扱っているので、ロシア旅行の手配をしているのかは不明。とりあえずシカゴ支店に電話してみたところ、「取り扱っていると思うけど…まずはミツワにあるカウンターで相談してみたら?」との返事。しゃーない、ちょっと出張るか。

2011年6月13日月曜日

旅のルートづくり

さて一口に「ユーラシア横断」といっても、考えられるルートは無数にある。そもそものきっかけとなった「東京発ロンドン行き」の旅を逆からなぞるなら、ロンドンからドーバー海峡を経て大陸に入りまっすぐモスクワへ、そこからシベリア鉄道でロシアを抜け、旧満州を通って中国の大連か韓国の釜山まで出て、フェリーで下関や博多にいたる、というところか。でもせっかくなので、まっすぐ突っ切るだけではなくていろんな国を訪れてみたい。そしてロンドンではなくユーラシア大陸の本当の西の端から旅をスタートさせてみたい、ということで、今回の旅は大西洋に面したポルトガルのリスボンを起点に、南欧、東欧をめぐりつつモスクワを目指し、そこからシベリア鉄道、ということにした。

とりあえず大雑把なコンセプトは決めたものの、細かく決めていかなければ行けないことはたくさんある。今回は陸路ということで、主な移動手段は鉄道。そこでまず、欧州鉄道旅行の際には必携の、トーマス・クック鉄道時刻表(The Thomas Cook European Rail Timetable)をAmazonで購入。これは6年くらい前に2週間くらいでヨーロッパを鉄道で回ったときにもお世話になった。西ヨーロッパは高速鉄道網も整備されて比較的本数も多く走っているけど、幹線を外れたり東のほうの国に行くにつれ本数も限られてくる。「どの列車に乗って何日にどの町に着いて、そこで何日滞在し、次にどの列車でどの町に向けて発つか? 」というのは、時刻表を見ながらそこそこ頭を悩ませなければいけないのだ。同時に、シベリア鉄道旅行のバイブルだということで、"Trans-Siberian Handbook”も購入。えらい分厚いのでじっくり読む時間は無いけど、ぱらぱらと要点をめくりながら日本までのルート計画を開始。

・地中海沿岸諸国 - ポルトガルからギリシャまで
まずはヨーロッパ。訪れてみたい国や都市を適当にピックアップしてみる。前回ヨーロッパを旅したときは、ロンドンを基点にベルギー、オランダ、ドイツ、スイス、イタリア、フランスと回ってロンドンに戻るルートだった。スイスからイタリアへのアルプス越えの鉄道からの眺めは最高で、今回もまた行きたいなあと一瞬考えたけど、せっかくなのでこれまで行ったことのない所を優先。ポルトガル、スペインに始まって、南仏マルセイユに出る。そこからフェリーで地中海を渡ってチュニスへ。さらにフェリーでイタリアのシチリア島に渡って南イタリアを堪能。またまたフェリーでギリシャに向かう。とここまではOK。

・バルカン半島と東欧 - トルコからロシアまで
さて、ギリシャからはモスクワまで東欧めぐり。直線的に行けば実はそれほど遠くなかったりする。けれども東欧は前から行ってみたかった国がたくさん。それにちょっと寄り道してトルコなんかものぞいてみたい。そんなことを考えて、次のようなルートにした。ギリシャ⇒トルコ⇒ブルガリア⇒ルーマニア⇒ハンガリー⇒オーストリア⇒チェコ⇒ポーランド⇒ウクライナ⇒ロシア。旧ユーゴスラビア諸国とかバルト三国にも立ち寄ってみたかったが、今の段階ではまずは我慢。実際に旅に出てからもし余裕がありそうならそこで再考しよう。ポーランドのワルシャワからロシアのモスクワへは、普通に行くとベラルーシのミンスクを経由していくことになるらしいけれど、調べたところベラルーシは観光目的でもビザの取得が必要らしい。既に卒業式直前の6月中旬。旅行期間に2ヶ月は確保したいので6月下旬には出発したい。シベリア鉄道でどうしても通ることになるロシアも観光ビザ取得が必要になるので、さらにベラルーシまでビザを取るのは避けたいところ。調べてみるとベラルーシの隣のウクライナならビザが要らないらしいので、ワルシャワからはウクライナのキエフ経由でモスクワに入ることにしする。

・シベリア鉄道
誰もが一度は耳にしたことがあるシベリア鉄道。本来はモスクワからシベリアと右端のウラジオストクまでの路線だが、支線も含めて主な運転系統は3つあり、それらをひっくるめて「シベリア鉄道」と総称しているらしい。

1.  モスクワ ⇒ ウラジオストク - シベリア鉄道の本来の路線。すべてロシア国内を走る。
2.  モスクワ ⇒ 満州里 ⇒ ハルピン ⇒ 北京 – 旧満州経由で北京にいたる路線。さらには北朝鮮の平壌行きの車両も併結されているのだとか。
3.  モスクワ ⇒ ウランバートル ⇒ 北京 – ロシア, モンゴル, 中国と3つの国にまたがって北京にいたるルート。

どのルートでも日本には帰れる。ウラジオストクからは日本に直接フェリーが出ているし、北京の場合はそこからさらに沿岸都市に移動してフェリーで日本や韓国を目指すことができる。ウラジオストク・ルートはシベリア鉄道の本線を端から端まで乗りとおしたという達成感が得られるだろうし、満州経由ルートは昔の日本人がヨーロッパを目指したルートの逆向き。モンゴル経由ルートは3つの国の移り変わりを楽しめそうだ。さてどれにするか。いろいろ悩んだ末、モンゴル経由ルートに決定。ウラジオルートでアジアの国をどこも経ないで日本に帰ってきてしまうのはもったいないような気がするし、満州ルートはもし平壌から韓国を抜けて釜山まで路線がつながっていれば本当に昔の日本人の足跡をたどれるが現在はそうはいかない。結局、1つ1つの国の違いを堪能しつつヨーロッパからアジアへの道をたどろうということにした。後からネットで調べてみると、欧米人のシベリア鉄道旅行者に最も人気があるのも、このモンゴル経由ルートなんだそうな。

・東アジア - 中国から日本まで
残念ながら現在の情勢下では、中国から北朝鮮を抜けて韓国にいたることはできそうにない。中国から日本へ直接渡るフェリー路線もあるが、そこはやはり隣の国もスキップせずに表敬訪問すべきだろうということで、いったん大連から韓国の仁川にフェリーで渡り、半島を南下して釜山から船で日本に戻ろうと思う。釜山から日本への船は何路線もあり、実際に大阪⇒釜山のフェリー、博多⇒釜山の高速船は利用したことがある。
以上、出発地と目的地を含めると実に20カ国の旅! これまでの人生の中で訪れたことのある国の数に迫る勢いだ。果たして新しい仕事の開始までに無事に日本に帰りつけるのか!?

<事前計画で作成したルート>

より大きな地図で Post-MBA Trans-Eurasia Trip - Initial Plan を表示

2011年6月12日日曜日

旅のきっかけ

「昔の日本では東京からロンドン行きの切符が買えた」、こんな話を何かで読んだことがある。昭和の初期、まだ旅客飛行機は無く、日本からヨーロッパへの移動といえば船で大陸に渡り、そこから朝鮮総督府鉄道や南満州鉄道を経てシベリア鉄道で一路西を目指すという頃のお話。そんなある種のロマンを感じる話に触れてからというもの、「いつかはヨーロッパの端まで陸路で行ってみたい」と漠然と思うようになっていた。しかしまあ当然ながら相当時間のかかる旅になるだろうし、日々の仕事をこなしつつ生きる身としては、あと30年くらいしてリタイヤしてからかな、その頃には韓国から中国まで北朝鮮を鉄道で抜けて行けるようになっているかもなあ、などと悠長に考えていた。

しかし、チャンスは予想より相当早いタイミングで巡ってきた。2009年から仕事をいったん辞めてアメリカの大学院にMBA留学することになった私は、2011年の6月に卒業して、9月に次の仕事を開始するまで、2ヶ月ちょっとの空白期間を手にした。いわゆる「モラトリアム」ちゅうやつである。かつてある人は言った。「学生の頃は暇はあっても金が無い。社会人になってバリバリ働き出すと金はできても暇が無い。じゃあ歳をとって仕事も落ち着いて、暇も金も手にしたらどうなるかというと、今度は元気がなくなってくる」と。このモラトリアム期間、暇は手にしたし元気もある。金は若干気になるところだけどまあそこは気にしないようにしよう。そうすればこれって昔からやりたかったユーラシア陸路横断の旅をするのにうってつけの機会なんじゃないだろうか? 卒業を間近に控えたある日そう考えた私は、2年間のMBA学生生活を締めくくる卒業旅行として、アメリカからヨーロッパに渡って、そこから陸路で日本まで帰国することにした。